さて、そんなスポーツ少年・少女たちですが、実は、この三小・三中という地域に育つともう一つ、驚くべき活動が待っているのです。吹奏楽団。おおぜいの小学生が吹奏楽団に入団します。コンクールにも出場し、全国レベルで賞を取るからおおぜいが入団するという考えもありますが、真剣に取り組んでいるからこそ楽しいという側面が強く、子供たちはその魅力にとりつかれていきます。我が家の二人も、クラリネットとホルンを手にし、みるみる上達していきました。夏休みはお弁当を持って、毎日のように練習に出かけていき、夕方まで帰ってきません。そして秋にはコンクール。我が家は分業制になっていて、吹奏楽の活動支援はもっぱら妻が担当していましたが、演奏会の時だけは、私も楽器運びを手伝った後、本番を客席で鑑賞し、感動を共有していました。もちろん、子供の活動、活躍を応援していましたが、心の片隅に音楽活動は楽しそうで、羨ましいなぁ~という気持ちもありました。
 そんな音楽活動、輝く子供たちの姿を羨ましく感じていた地域の大人たちが、何を勘違いしたのか、いえ、一念発起して自ら楽団を立ち上げるという壮(暴)挙に出たのです。2000 年のことでした。これが、MJO=おやじバンドの始まりでした。経験者などいないメンバーが、イメージというよりは妄想で自分のやりたい楽器を選び、財力にものを言わせて新品の楽器を購入してしまう。音階練習に取り組んだと思ったら、もう、数か月後には子供たちの演奏会にゲスト出演をすることを勝手に決めて、たったの 1 曲を演奏させてもらった。これが、最初の演奏会になりました。私も、このステージでピアノを担当した記憶が蘇ってきます。場所は武蔵野公会堂。本番前、手が震え、掌にドッと汗が噴き出してきます。仕事では決して味わうことのない緊張感でした。演奏の出来は言わずもがなですが、とにかく演奏後のビールの美味しかったことが忘れられません。これで、もう病みつきです。図々しくも、単独コンサートなどに手を染め、遂に、間もなく 20 周年を迎えます。
 

「ボランティア――ワクワクのフィールド」
「先輩たち――繋がりのワクワク」