こんな子供たちの幼少期を思い出す時、ふと、自分自身も変わっていった、いえ、むしろ自分が人間として育ててもらってきたのではないかと感じるのです。保育園時代は自分の子供の様子をじっと見て、お友達は我が子の背景のように映っていました。三小時代はチームでの活動が増えたので、チームメイトたちも我が子のように感じ始めました。若かった私は、我が子の同級生を容赦なく叱りつけることも幾度もありました。そして卒団の瞬間に感動の涙を流しました。感動のあまり我を忘れ、子供たちが卒団した後もウイングスのコーチを続けることを決めてしまいました。
 何故?一つには、我が子に続く後輩たちが大切だったからだと思います。今もこのウイングスでサッカー指導者を継続し、遂に監督に就任してしまったわけですが、ずっと続けていることには理由があります。毎年卒業していく選手たちは、時の流れとともに成長し、時々、三小のグランドを覗きに来てくれるのです。後輩の指導というよりは、自分の原点に戻って来ているのだと私は感じていて、そんな時、「今も変わりなくウイングスは元気だよ!」と彼ら、彼女たちを歓迎したいのです。
 何故?に対するもう一つの答えは、いつの間にか強まっていたコーチたちとの絆が私を手繰り寄せたということです。このサッカーの繋がりはウイングスというクラブにとどまらず、武蔵野市サッカー協会少年部、東京都少年サッカー連盟ブロックへと広がっていきました。いつの間にかボランティア活動に没頭している自分がいたわけですが、このことが今の自分そのものであり、楽しみとなり今でも人との出会いは拡大し続けています。
 

「二人の息子」
「ボランティア――ワクワクのフィールド」